この連載の主体となるフィールドワークについて
街中のある一点にじっと立ち続け、行き交う人々が落としていく断片的な声を文字に起こす——
◆「文字起こし」のいくつかの約束
1. フィールドレコーディングした音源をもとに、手作業で行う
2. 表記において、発話者を区別しない
3. 句読点は使わない。個々の発話を全角スペースで連ね、一本の流れにする
4. 改行は全体のリズムを整えるための、筆者の趣向によるもの
5. 「!」は使わない
6. 個人名は、音数をそろえ「」で記す
(著名人はそのまま使うことがある)
7. 笑い声、泣き声、咳といった曖昧な音は文字にできない
8. 動物の鳴き声も文字にできない
9. 文脈が削れた断片的な声には、筆者の主観性が混ざっている
ふと思い立ち、夜明けを京橋で迎えることにした。際どい時間に降り立ち、終電を中間に据えて三十分の録音を始めてしまえば、強制的に自分を真夜中の街へ送り出せると思った。
2025年9月30日、22時を回った頃。ロンTを伝って感じる鴨川の夜風は少し寂しくて、音単体では耳をつんざく賑やかなスズムシの鳴き声も、夏の終わりとかいうシチュエーションに演出されていた。
「あぁ、頭痛い」
ランニングウェアを着たひとりの男性が、そう呟きながら横を駆け抜けていった。独り言というのは話し相手がおおよそ本人の内側にいるため、その断片に想起する背景はいつもより深く、暗くなる気がする。あの、ひとつの脳みそに直接スコープを挿入していくような、細く筋肉質なこちらの態度は、複数の声が交差する会話の場からはあまり得られない。
京阪電車に乗り、京橋に降りたのは、終電の30分前だった。
改札を出ると、そこにはJRとの連絡通路が広がっていた。人々のファジーな高音、その中で芯を持って響くハイヒールの音、カリカリと音をたてて近づいてくる自転車、それらを巨大なナメクジみたいに頭上から塗りたくる電車の低音——巨大な箱に無数の音がエコーしあうその様子は、通路と呼ぶには惜しいほど、エキゾチックだった。私はそこを「ホール」と呼んでみたりした。
そして私はそのホールに、漠然とオレンジ色を感じた。その場のグルーヴを、ひとりの男性の音が先導していたからだ。彼は人々が行き交う只中で、ギターをかき鳴らし、歌っていた。井上陽水の『少年時代』だった。
そういえば似たようなことが以前にもあった。去年の9月23日、ひらすら西に移動し、適当な駅で降り、気の向いた場所で録音するという旅をしたときのこと。岡山駅前のロータリーに出た瞬間、同じく『少年時代』が聞こえてきた。
「大分から来ました******と申します。あの…投げ銭で旅してまして、よかったら投げ銭気持ちだけでも貰えると嬉しいです。もし投げ銭がないよーって人は帰りにゴミ拾うとか、何かあなたなりの投げ銭をして、いい社会にしていきましょうね」
と周囲に投げかける彼の声を私は拾っていた。この時期、日本各地の路上では『少年時代』の歌詞が落とされまくっているんだろう。何十年も前から、そしてこの先も。
私は京阪とJRを繋ぐそのホールの中心に立ちたかった。しかし、広い道の中心で立ち尽くす人間はどうしても不自然に見えてしまう。人々はその存在を無意識に避け、檸檬の輪郭のような歩行をしてしまう。
少し歩いた先のJR京橋駅構内は窮屈だった。ただ返ってそれが、近距離を促してくれる場所だった。
JR京橋駅の三十分
2025/09/30 23:33-00:03
34° 41′ 51.1692″ N 135° 32′ 1.6008″ E にて
23:33
いつかは持って帰んなきゃいけないことになる とりあえず しんどい
あ ***が間違えたのか うん
あ 京阪の人はいない? え 京阪の人はいない?
それさあ そっからやん カップルは そっからはこう… 行くから
したら僕は気づくわ はあー
韻踏んでたらそれは間違いない それじゃ そんじゃあまた
ありがあとうございました あざした あざした
うん 家で作って? ***と飲みに行くわ
ただ飲んでるだけの 火曜っす まだ全然終電あるよな? 終電あるから大丈夫やけども
一応駅まで送っておこうかな 駅まで 見えてるからな **さんすぐにわかる
ありがとうございます ありがとうございます
なんやったらほんまに 押しかける?
とりあえず 名古屋帰りでもいいんだけれども
ちょっとドライブいきたいな そうっすね
***推しすごいよね 結局***愛が大事なんだな マックスで
もし言われたらやる? 係員に もう一度 いい感じ
ちょうど えー? 私もやけど
倍やねんな? 急に午後会ってって どうせ暇やし
あと一軒ぐらいやったら飲める よしいくか 帰ったら仕事柄どうせいく?
そうする 釣り合わへんからさ なんやそれ
家 家 入れたくないねん 全然覚えてないけど もう一度
舐めないほうがいいっすよ? 俺もちょっと俺 掃除してこようかな
彼氏はどっちの人? あ もうすぐ あっち カバンなか もう早いな
終わり? 終電あるっすよ ありゃもう終電早ない?
え? 叫んでる ほんまや 軽く飲みたいから
うん 絶対眠くない方がいいよね する? いいっすか?
十月ウチん家 よし
じゃあお疲れ様でーす 大阪で まさにそれ
五十二分のやつに飛び込んで帰り道に まじで帰んなよ? 帰るよ
23:38
喋ってたよ え 寝られたん?
樟葉やろ? 樟葉やったらでも もう… だって十分くらいやろ?
樟葉やったら お おれん家あるやん
ばいばいまたね またね まだあるから またいこうね
すぐに向かう人やし もうええやん って そうそう
皆んなは ね 丸くして そう 歩いた方が JR?
でもあれたぶんあれ 餃子は? なんかあれだよね
おれん家こっちから うんそうそう 長堀から… 心斎橋です僕ら
まじで 何人で行ったん? 六
パパのリュックも**ちゃんのリュックもママのカバンも**んのも持って入らないで
そこ汚い 縛らない
明日は もう一度 じゃあ利用されてみ? もう一度
一回まじんなったことある まじちゃんとシャワー浴びたい
係員に まあやはりツイート派? ほんまやな
***も案外つらそうやったな 明日は? まずそっからやで?
案外すぎるって 最近… まあうち帰ってもう
まだ引っ越してないん? おうち帰って ここがあの街やろ?
みんなせーので ありがとね ばいばーい
京阪?
あ ほな通うで 私も
行ってこい 今日行ったらケーキあるで
みつばち ってどこやったっけ はーいありがとー
商店街の方から歩いたら ちゃう あの バレるって
あーあ 隠したらいいやん まーまーやね まーた あー
泣きそうになって とりあえず京阪やんな? 私情がある 向こう
終電はまだまだあるん? あのー ありがとうございます
ありがとうございますじゃあした ありがとうございます あざした
俺は明日休みますよ 明日 明日は茨木行くから 俺もう明日行かないと
帰って飲んだら じゃ お疲れ様です
ちょうど閉まったやろ? 二十分… あざした え もう出るん?
もう一軒行って 京橋でご飯行って
俺明日 七時にいい子で帰るから 楽勝やで ほんまに楽勝やで?
余裕やろ? 余裕 ほんまやで? 俺朝まで探ってんで お前みたいに
あいざす ありざした あした これ?
グーでいけたら お前はもう気にしなくていい 横にパーっとなって
ちなみにこう? ちなみにこう… 気ぃつけや?
ちなみにこうやって帰れますよ **さん京阪 僕JRで帰りますん
零時あるんすかほんまに?
あの それ抜かな おめでと あとざいます あとはもうまったりいこう
あざした あのー ありざした わかったわかった 皆んな あー
今からマリオパーティーと… マリオカート
やったぁ そりゃ寝れるやろ
え なんで? 十二時発二十六分 自転車乗るやん
あと七分ある あざす あ 京阪あっち おつかれー おつかれーっす
おつかれ 生きるしかないし はよ走れい 走れ走れ
だから十月 あの…やるよ
23:43
おつかれっす あざす ほう じゃあどこまで? おつかれーっす
気をつけて おつかれす とりあえずあの… やってほしいことある?
どっちかって言うと 終電 終電?
俺大阪に行くやつ 家帰りたい あざした また また あざした
ありがとう ばいばい ありがとうございました
落ち着いたら帰る
それで執拗に通ってた そういうの そういうの聞きたい そういうの聞きたい
一生寝てたわ ポイ 今は急げ ええ
そういうところあるな息子でも娘でも 言わんかったもん
自転車乗りたい 言ってたのもあそこやし そこは見れるん?
おつかれ 確かにな正味ずっと嫌やったから また飲みに来てね
しかも北の方 気をつけて
よう出てかんわ あのあれだれあれは ちょまって全然出てけえへん
ありがとう
そっち 中学校の せっかくやから JRで帰って 一個ある
パワハラでね? タブー
皆んななぁ 京橋 一人やったらなんかでも
まあでもそれはしゃあないですよね 終電二時間後まで
あした ありがとうございますありがとうございました あざした
おつかれす あいざいます ありがとうございます
それじゃあまた おつかれしたー 荷物なさすぎて怖い うわー
あざした 進まないっすね あざす おつかれっす あいざした
また 遊んだことある とりあえずばいばい また
あっ 係員にお知らせください
うわぁ 京橋だ うわ ラーメン食いてー 僕らもうほらこんな時間やで?
京橋いろんなとこにある どこが開いてんねやろ
まあでもこの商店街に二十四時間とか書いて あるあるある まぁまぁ
開いてんちゃうかなあ 閉まってるんか? 開いてますね
まじで? これ観た? 友達と観てる えっ
あ 十三? 合ってます 十三や そや十三… 忘れんなしー 十三
あっ なんか見たわ俺 また値上がりしてんの?
じゃあね じゃあね ばいばーい ばいばーい
また明日 ばいばーい 頑張れー
お腹が減った 係員にお知らせください じゃあまたね
なんでもいい 喋んなくてもいい あーあー やーだー
係員にお知らせください
23:48
また明日ー ばいばーい また明日 四連勤で 乾杯しよ
そうね またねー ばいばーい 気をつけてね
**ちゃーん ばいばーい **ちゃーん
パチンカスかい 今日一万勝った エグい エグいなあ
これって最後まで行くの? あの子 向こうのあの… ストレートの
それじゃあね 虎ノ門いこ? いきたい ばいばーい ばいばーい
ばいばーい おつかれでーす おっつー
ああよかったら 逆に今日買お やばいかなぁ? 二万ぐらい? いや高いわ
あっ もしもし 入った
***? ***? ***ー? ***大丈夫? ***帰るよ?
うん****開けるね めちゃくちゃ怖いねんけど
***も三時ぐらいから 大量の肺 ちゃうねん
***ばいばい ***ばいばい おいで
当てにされないように ***さんいなかったら寂しい って飛んでいって
うん 私も彼に 言うたん? わかるー?
JR? あっ じゃあすいません じゃあ ありがとうございました
とりあえずまた ありがとうございました
気をつけてな 気をつけて帰って ありがとうございました
気をつけて 駐車場あっち
二年半とか えー えっ
****さんめっちゃ上手いのわかる?
じゃあママ リンゴジュースも買って
ホッとしてから いやでも 教職もらってん もう一度 ねー
楽しみー ねー 朝までやでー?
それにしても キモすぎる 今日も二日酔いやねんな
23:53
まじで映画みたいだよ こないだ天満で飲んだし
名古屋まで ああまぁ名古屋で飲みにいって 次 次会うのかのかわからん
もう一度 三百五十やしなあ 確かにね
まじ社員 知ってたから皆んな なんやねん ねー?
許せんよね もういいや俺も こないだ入社したんやろね
言えばよかったのに うーん 十年かかってるから
チャージしてください チャージしてください ばいばい ばいばーい
まじで性格 ちゃうちゃうちゃうちゃうちゃうちゃう
ほんとに できれば死ねって言いたい
ばいばい わちゃわちゃ? あれは可哀想 ばいばい ん?
ばいばーい え どうすんの? ああ いやぁ楽しくて見てられへん
今の時間帯 梅田側行くやつやろ? 知らん
それが今はとんでもなく 大阪までしか帰らない もう一度
わかったー 今日帰るの? もう一度 はよ帰ろ ばいばーい また
ばいばーい ありがとう ばいばーい またねー またねー また また
こっち? 相手二十八 もう一度 付き合う前に でもさ 一回さぁ
一杯目じゃん 来た 今日うちで遊ぶ? もう一度
知らんけどね なんで? なんか暗くてええなぁ
顔が一緒やねん 顔? ああ そうなん な 犬飼いたいな
まぁまぁまぁ あれ京橋 あっ 帰りの電車 京橋
京阪電車 はい JRですよね? JR JRです
ほんじゃおつかれさまでーす おつかれさまでーす おつかれー
ありがとうございまーす 声もええなあ
23:58
声も ええ ええ ええ あの
おつかれ おつかれ ちゃうちゃうちゃう俺俺 俺の部屋で飲んだ後
そやで いや間に合うから いや俺なら間に合うから
いやいやいや いや俺らは… もう一度 おつかれ ありがとう
違う いやちゃうねん はいはいはい チャージしてこい
とりあえずあの 俺この辺で飲んでから帰る
あ 大丈夫? 大丈夫大丈夫 六以外に 俺も予約してたで?
もう見えへんねん 気をつけてくださいね うん申し訳ない
まあでも とりあえずは飲も? 六は… 何がある? もう一度 多分何もない
**ちゃんは? 乗られへんかったぁ 失敗ですな 上から見てる
ほんまそうやね 隠して見した方が
ここゴムやからさあ そんな汗かいたん? あー若干
やっぱやっぱ 俺京阪です JRぅー ねえ***んとこ行こうよ今度
ちょっと嫉妬するんやんかお前
こないだ すごい しゃーねーよなー まあ… バリ女やな そら大いに
俺JR 私もJR タクシー タクシーでいけんの? だって
あざした また連絡します 大阪 ありがとう
ありがとうございます 二人は大阪まで行く?
のど自慢みてるみたい
あ そうなん 終電 もう 院生やから
ほとんど加害者 血まみれで行ってきたから そういう理由で断られたの?
ちょ ちょっと 多いな やばい はい いいよ 別にまた私が やばい
まだ終電ある? 含んでないけど とりあえず…その
そういう想定で受けないと もう十時からやんな? ね え 帰れた?
今 気分 係員にお知らせください どこに行ったの? その後
昨日も夜も なんであんな憂鬱とか言ってる奴がいけんの? 本持って帰って勉強してる奴
うん 知らんわ おつかれ おつかれさまです ばいばーい
明日 何時やったっけ? 酒飲みたいまじで 七時四十五分 あ おっけ
気をつけて うい バーでも行きましょ
気をつけて帰ってね ありがとうございます
え カップルやんな? カップルでしょ カップルやろ
彼氏の本気の方はどっちやねん カップルが朝まで カップルちゃう?
いやいやちゃうちゃう 途中で連絡とってたの まじで? いいやん
違う席いる? もう閉まってるの?
ちょっと待ってな ちょっと待ってね
ここや この辺ファミマしかなくないっすか?
え ファミマもセブンもあるよ セブンわかる? あそこめっちゃ怖いねん
ファミマの近くいっぱいあるから 商店街の方 怖いのどこら辺?
00:03
また
火曜日の街の声はまばらかと予想していたが、月末で財布がゆるんでいるのか、意外にも人は多かった。駅という場所の端点と、終電という時間の端点とが、歩行する会話をあたりに立ち止まらせていた。
そして大きな会話のかたまりは、「え 京阪の人はいない?」「JR?」「京阪?」「一応駅まで送っておこうかな」——京阪かJRか——「僕らもうほらこんな時間やで?」「もう一軒行って」「家帰りたい」——帰宅か継続か——といった違いに応じて、目の前で分裂していった。場所や時間、私はそれらの境界に立っていることを実感した。
「ありがとう」「ばいばい」「おつかれさま」。ひと声ひと声ニュアンスの違いはあるが、分裂の場面でそういった声が異常な密度で飛び交うことは、想像するのに容易だった。ただ、それに続くある声が私の耳にはとても新鮮に響いた。
「また」
たったこの二音が、妙に耳から離れないのだ。彼らは互いの方向に歩いていきながら、それでも余熱で会話を続け、とうとう声が途切れそうな距離まで離れると、「また」と発し合った。
自分がその場に置かれた状況を想像してみた。「じゃあ」と私は言っていた。なんだかそっけない。「じゃあ」。気持ちの半身がすでに家の風呂に入浴しているみたいで、私は私を冷たく感じた。
「また」は、交わす声というよりも、くっつけ合う物質なのかもしれない。別れの言葉であると同時に、その先を約束し、繋ぎとめる二音のお守り。あるいはそういう儀式そのもの。別れ際、ピュッ、ピュッ、と発し合う彼らは、まるでカラーボールを投げつけ合っているようだった。
*
それから次の地点を探すため、街の声の入り変わりを待つため、しばらくあたりを歩いていたが、なぜかずっと狼狽えていた。すれ違う人を観察するが、同時に、こちらも見られているような気がしてたまらなかった。不自然な存在が街を刺激しながら歩いてしまっているような感覚。零時を回ったこの時間、シラフで、キョロキョロしながら歩いている一人など滅多にいないのだ。というのを理由に商店街にある居酒屋に入り、赤ら顔になった。(なっていたかはしらない。気持ちが重要である)
その店は、おそらく換気のために、扉を常に開けていた。私はカウンターの端に、扉の傍に居座ることで、商店街の音を、録音はせずただ耳で聞いていた。
「仕事おもろいから一生懸命な感じなんやけどなんか、関西の人情味…みたいな感じはせえへんねんなあ」と外から声が聞こえてきた。始発の時間を調べていると行きと運賃が違い、ちょうどこの日から、京阪の運賃が値上がりしたと知った。最初ワンオペで回していた店員さんの気だるい「生中です」という声が、一人従業員が来てから「生中です」と異様に柔らかくなったような気がした。枝豆がピョンっと横のカップルに飛んでしまい焦った。商店街のあかりが消えた。
店を出ると、今度はその商店街の音を、しっかりと記録したくなっていた。
新京橋商店街の三十分
2025/10/01 02:21-02:51
34° 41′ 58.902″ N 135° 32′ 1.194″ E にて
02:21
ありがとう 夜に
中々ね
あっ すいません えーと先ほど乗った そちらのタクシーで
怖くない怖くない
えーとなんかお金を 多く渡しちゃったみたいで
皆んな優しい人たちだから
えーと千… えーと車番が… 〇〇〇〇
はい 北新地の方から京橋まで乗ってたんですけど
えーと五分前ぐらいですかね多分 あの千八百円のお会計で
二千円出したつもりが 六千円出してたんですよ
すでに飲んでた
お客さん…が言っててさ 帰りは頼んでる どこまで帰んの?
だからお客さんからしたらさ そんなん知らんやん
クビにしたらええやんか それはそう それはそうやけど
飲みに行ったらいいやーんやねんけど できへんねやろ? うん
やったら もう 俺自身が動いてやってい… だからお客さんは
やっぱそいつに合わせていった方が そんなん言ったら ほんなら
ちゃんと帰り? おつかれ おつかれ おつかれさまでしたー
でもそれはさっき言うとったやんか なあ? ほんなら俺ツッコむやん
おい ほんまに大丈夫なん?
はい 大丈夫です 大丈夫です ありがとう じゃあね ばいばーい
い 行きたいけど ばいばい
***は… なんちゅーのなんちゅーの 同級生やねん
じゃあね ばいばーい
ありがとう ありがとう
あっ **ちゃん? 気をつけてね 大和田駅降りるんだよ? うん
またね なんやねん 明日お母さん休みなよ ばいばい
気をつけてね? ありがとうございました
はぁー いっぱい飲んじゃったね
今日はあるの? もお 早い時間に行かなあかんねん 人々は
そう これって前から買ってた? これですか?
これもう… 一年以上前 これ誕生日に貰って 五十歳の誕生日にこれ貰ったんです
へぇー 記念やからって すごーい もうでも
私も もう無理やねん もう無理 揉むのがしんどいねん
もうねもう背中とかね スーンっていくからね
うん もう十年通ってる えー 最近は連れてってもらう
あっ あー そうやって愛し合ってる感じなんやなぁ
ありがとう ばいばい またねー またー
02:26
自転車は?
****さんおつかれさまでーす
おつかれーす
あ 早っ
今 帰ってて
02:31
可哀想
男の子やから
どこ… からでも帰れる?
左?
動物園どっからでも帰れるで
左行くじゃあ?
左行ってもいい
いいよ
あ こっから右出れんねや
え?
02:36
明日は
二十時以降
あっ十九時起きか
馬鹿やねん
僕はその十二時間前に起きています
ほんまにな 素晴らしい
ママさすがやね
02:41
わかったわかった
ああ タクシー?
タクシー楽シー
知らんけど 一旦大通りまで
俺ら先にどこに行ってるかわからないって
さっきの場所ほどの店の前に待ってください言うて
ah ok
うん そう あの カレー みたいな
あっ あっ あっこっすか? カレーの うん
カレーんとこ? そうそうそうそう
行きたかったとこなんすよそこ
行ったことある?
ないんすよ
え?
ないんすよ僕
なるほど
02:46
はぁ LINEとか見合わんくてももう幸せ
始発で三千円か 電車で
ワっ
ええ
待って待って ちょっと待って
始発で帰るくらいまで ちょっと待って**くん?
タクで帰るぐらいやったら あのお… すいません **くん
その三千円で飲んで 始発で あのー すいません
今から帰るんやったらゼロ円で いいんですかそれ?
今から帰ったら じゃあ飲も いいんですか?
俺まじで 多分
こいつのあの話思考的にはだから今から歩いて帰ったら二時間で
ああ 歩いて帰ったら? もし
ほんなら多分タクシーで帰るんなら五時まで待って 四時半まで待って
で 帰って家帰って こいつとか言わんといて?
ちゃうで 謝ってあげて?
あ そゆことね あぁ なるほど*** ちょ重すぎ
ぶち ぶちこわ 全部おかしい 全部ぶちこわ え? 出来上がってってるやん
全部ぶちこわ
これ***やんな? だから***に お前とか言って
えっすご なんでそこ行くん? 俺もう嫌やねんけど
え なんで? あーそういうことか え なんで嫌いなん?
とりあえずあの乾杯にいくからね
これであいつのためにカラダ動かそうや え?
これであいつのために一ヶ月カラダ動かそうや ご飯行きたい 〆?
え? え? 昼 あ 昼の?
おつかれー おつかれ おつかれ おつかれ
だからと言って ****さんは なんかずっとお父さんとずっとずっと飲んでたって
まさか***とは そうでしょ? 長年のお付き合いが終わる
気をつけてね はーい
02:51
*
エセでも喋ってみたい
すっかり静まり返った商店街。凪の湖に水滴が落ちるように、ひとつひとつの声が、いつもよりはっきりとした輪郭を帯びて耳に届いてきた。さらに、商店街という音が響きやすい環境のおかげで、ずいぶんと早い段階から遠くの会話が聞こえてきた。「定点」がいつもより広く穏やかだ。
「俺ら先にどこに行ってるかわからないって」
「さっきの場所ほどの店の前に待ってください言うて」
と、自転車で駆け抜けていく外国人二人の声が印象に残っている。文法や全体的な口調は拙いが、「言うて」という語尾が日常的に染み付いているような、魅力的な声だった。私はそれが羨ましかった。
私は日本生まれではあるが、関西生まれではない。世間的には、こういった人間が関西弁を話すと、あまりいい顔をされない気がする。私は気づいた時からもう「エセ関西弁」の権利を持たされてしまっている。
彼らが自転車に乗りながら発したあの関西弁は、「エセ」なのかもしれないが、それを気に留めないほど切実で誠実なはずだ。日本の一地域に住むなかで、純粋に現場の音を馴染ませている。そんな彼らの発話に、「エセ」という自覚を与える人間は、きっといないのだろう。だってそれほど躊躇いなく、伸びやかな発話だったから。
もう少し経ったら私も喋ってみようかな、と思うのだった。
*
始発までまだ時間があったので、とにかく夜の街を歩いた。
それからとある焼肉屋に入った。正面の席では、30から40くらいの孫二人と、おばあさんが網を囲んでいた。おばあさんがお手洗いへと席を外すと、彼らはこんな会話を交わした。
「今日気前よかったやんなあ、ばあば?」
「な」
おばあさんが戻ってくると、孫たちは彼女の着ている服の素材、それから襟のエレガントな刺繍を目一杯褒め続けた。笑っていた。それからはごく断片だが、
「俺幸せやもん今、一番楽しい」
と孫は言っていた。
「そうよ、ホップステップよ。別れもあれば出会いもある」
とおばあちゃんは言っていた。
店を出る頃には、街は朝を迎えていた。
小林 楓太(こばやし ふうた)
2001年、長野生まれ。東京都立大学建築学科卒業、京都市立芸術大学大学院プロダクトデザイン専攻 修了。街中で聞こえてくる断片的な会話とその文字起こしに着目した記録を元に、執筆やインスタレーション作品の展示を行う。主な展覧会に、「ホワイトノットノイズ——よく喋っていましたね、都市。漂っていた言葉を持ち帰りましたので、お返しします。」(FabCafe Kyoto、京都、2024)など。



