インセクツというのは、私が代表を務める会社名でもあり、発行する雑誌名でもある。厳密には、会社の場合インセクツと書き、雑誌の場合イン・セクツだ(と書くようにしていた。近頃は一緒になっているけれども)。
誰に言われたわけでもないけれど、自分たちがどのようにして雑誌を出すに至ったのか、方法も含めて、振り返ってみようと思った。それが誰かのためになるのかはわからないけれど、少なからず参考にできることはあるのではないかと思う。
そんなことで、私の回のコラムではしばらく、「イン・セクツのつくり方」を書いていこう。
まず、イン・セクツの意味をよく聞かれるのだけれど、それは、in sects、1ワードでいう昆虫の意味はさておき、もろに英語の意味で表すと宗教的な派閥の意味合いなどが加わってきて意図とは違うけれども、INとSECTSで分けて、強引にコミュニティの中、というような意味合いを持たせようと試みた結果、IN/SECTSとスラッシュを入れるということに落ち着いた。どうしてそこまでして社名と同じにこだわったのかといえば、やはり、インセクツなどという会社を誰も知らなかったことが大きい。当時、企業からの依頼の仕事しかしていなかった私たちが、自分たちを覚えてもらうためにも、社名と同じものにするのがいい、と同じインセクツを使用した。それは至極当たり前のことだった。
こうして0号を出す下準備ができたのだけれど、なぜ(奈良の)生駒を取り上げたのかと問われると、それも当時のメンバーが生駒をおもしろがり、何度も訪れ、そこで畑をやっているメンバーもいたり、[山岡ピザ]で夕景を見ながら暮れていく日を共有したり、そんな時間の共有が当たり前のように生駒特集を決定させた。その頃のメンバーは、フリーランスになったり、他社へ移ったり、主婦になったり、全く別の職種についたり、さまざまだけれど、自分たちが手を伸ばせる範囲の出来事や興味をベースに雑誌を作るというのは、今も昔も変わっていない。 とにもかくにもこんな形でローカル・カルチャーマガジン「イン・セクツ」は誕生しようとしていた。
次回は、そもそもなぜ雑誌を作るに至ったか、そして、実際に作り始めた話を。お楽しみに〜。