美術作家・飯川雄大さんのシリーズ「デコレータークラブ」を観たことがあるだろうか。
「デコレータークラブ」は蟹の名前に由来している。飯川さんが偶然見たドキュメンタリー番組に出てきたこの蟹(Decorator Crab)は、世界中の海に生息し擬態する性質をもっていて、誰もその本当の姿(裸の姿)を見たことがないらしい。
番組を見ていて、デコレータークラブを見つけた時のダイバーの感動が、飯川さんには伝わってこなかったそうだ。このひっかかりが、「映像や写真を駆使しても伝わらないことがあるというのは、誰にでも当てはまる経験では?」「この感覚の普遍性を利用した作品を作れば世界中どこに行ってもテーマとして成立するのではないか?」という問いになって、作品づくりにつながっていったという。これまで高松市立美術館や千葉市美術館、森美術館など国内での展覧会のほか、海を超え台湾の綠光+marüteでも開催するなど、さまざまな場所で展示されてきた。内容はその時々で変わり、大きな猫の「小林さん」の立体物が登場する展示《デコレータークラブ─ピンクの猫の小林さん》もあれば、大きな壁のような立体物が動く展示《デコレータークラブ─配置・調整・周遊》もあり、形や演出を変えてシリーズとして続いている。観たり触れたりすることでわかるおもしろさと同時に、観たものや感じた驚きを伝えたいけど、上手く伝えられないというもどかしさが、どの展示にも共通して横たわっている。
2/26~3/27まで兵庫県立美術館で行われた《デコレータークラブ メイクスペース、ユーズスペース》は、一見大きくはないスペースが会場だが、実は館内の別の場所にまで作品の仕掛けがわたるという壮大なものだった。会場にある什器のレバーをゆっくりと回すと、目の前の「新しい観客」という文字の色が少しずつ変わっていく。しかしもう一台の什器にあるレバーを回してみても、会場では何も起こらない。「?」が湧き起こる。そこにいると観ることはできない作品の存在を知る。館内の別の場所につくられた別の言葉が変化を遂げていたのだ。
「誰も気付かないし、誰にも見てもらえないかもしれないけど、美術館と展覧会の仕組みを使って新しい観客を作ることはできないかと考えた。0人もしくは1人以上の観客に向けて。」という飯川さんの解説を読んで、自分自身の日々を振り替える。既存のルールを(できる限り)振り払って、美術館に仕掛けをつくろうとする試みや、新しい場に観客をつくろうとする執念。美術館という箱にただ鑑賞者を招くのではなく作品に取り込もうとするパワー。展示を観た後は決まって「次は何をするのだろう?」という好奇心が湧く。そんな彼の試みに励まされている自分がいる。私も飯川さんのような冒険心を大事にしたい。
だから私は、「0人もしくは1人以上の観客に向けて」という言葉を、常に模索し続ける自分を導くための合言葉にしたいなと思う。
小島知世(編集)